記事カテゴリ【原稿】「楽して売れよ!」は、私の……おそらく13冊目の著書となる保険営業向けのエッセイ「楽して売れよ!」の原稿制作過程での発信です。そもそも保険営業向けのエッセイなんて私しか書けないし、空前絶後だと思います。また、本になる原稿の制作進行の過程を見ることができるのもここだけだと思います。記事数が100になったら出版します。
<002>「お前、バカなの?」
私が保険屋さんになった頃(1995年)は、世間の常識では生命保険はセールスレディさんが売るものであり、男のセールスマンはほとんどいない時代でした。
全国22万人のセールスレディに対して、男のセールスマンはせいぜい8000人程度しかいなかったのですから(簡易保険職員を除く)。
そんな時代に、4年制大卒を出て、就職して10年以上の営業経験があって、配偶者がいるのに、海のものとも山のものとも知れない完全歩合性の世界に入って来る男たちは……まあ、気合いと根性が入っている(頭が少々おかしい)人ばかりでした(笑)。
今となれば笑い話ですが、ソニー生命と名乗っても「勝手にSONYを名乗って、訴えられないんですか?」と言われたことが2回ありました。
仲間のスウ3なんか「ポニー? 可愛い名前ね!」と言われたことがあるそうです(笑)。
そんな時代に「ソニー生命に行って、保険売りになる」と言った私に、仲の良い同僚たちは誰もが驚き、そしてこう言いました。
「お前、バカなの?」。
理由はとってもわかりやすかったです。
「お前に最も向かない仕事だってことがわかんないの?
お前、電話、大っ嫌いじゃん。出不精で、人と会うのも嫌いじゃん。
あ、あとお前、すぐにブチ切れるじゃん。
お前ね、生命保険なんて、頭下げてお願いしなかったら入ってもらえないんだぜ?
そんなやつが商売になるわけね〜だろ?」
まあ、私はその通りの人間ですよ。
でも、マーケティングプランナーという仕事しかしたことがない私は、こう思っていました。
「理論に沿ってやれば売れないはずがない」。
だから、「ご心配はありがとね。でも、大丈夫だからね」と思っていました。
ただし私には営業経験はありません。
お客さんと1対1で喋ったこともありません。
それなのに、こう決めてソニー生命に入りました。
「週に3日だけ保険の仕事をする。残りの4日間が部屋から出ずに筆を手にする。その上で、全社員平均の年収(当時は約1200万)を得る」。
当時、息子のトシくんは生後半年でしたからね。「父ちゃん、稼げませんでした」では済まされません。
保険屋になるのなら、会社の平均くらいは稼いでやると決めていました。
では、結果はどうだったかと言うと、私は丁度稼働300週間でソニー生命から卒業しましたが(契約者を全部持って代理店に出た)、その300週間、毎週の契約を継続しました。
ソニーで言うと「連続挙績300週」です。
その間、配偶者に言われました。
「父ちゃん、週3日働くって言ってるけど……2日半くらいしか働いてないよ?」
私は「文句あるのかよ?」と言いましたが、配偶者は「文句はございません。ちゃんとお金持って来てくれるから」と言いました。
そりゃそうですよ。私はソニーに入って2年半で年収1200万になりましたが、36歳の小僧(今の私からしたら小僧でしかありません)が、ちゃんと1200万稼いで来て、文句を言われるはずがありません。
私が言いたいのはここ。
同期でソニーに入った人たちの多くは、週に5日どころか7日働いても契約がなかなか取れずに辞めて行った……。
私は、配偶者から「週に2日半しか働いていない」と言われたけれども、300週間にわたって契約が途切れることはなかった。
簡単に言おうね。
毎週1件の契約を取るのに週に7日働くのと、週に2日半で済むのと、どっちが楽なの?
あなた、どっちになりたい?
答えは明白だよね。
だから私は「楽して売れよ!」と言うのです。
……これ、間違ってる???
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