一昨年、テレビ埼玉で、私のお店「三洞」をご紹介いただきました。
さらに、かわさきFMというラジオの「ろうどく探検隊」という番組で、私の短文が朗読されました。
「乳離れの日」という一文です。
以前に書いた小説の一節を・・・・・・というオファーでしたが、小説と言っても、珍妙な内輪ウケのバカ話か、パロディーものしかなく、それならばブログに書いたものをと探したところ、何とか朗読に耐えられそうなものを2つ見付け、それを手直ししました。
ブログを開設して間もない頃、7年ほど前に書いた文章です。
それを思うと、やはり、ブログをやっていて良かったと思うばかりであり、当時のようにマメに書かなければな~とも思います。
今日は、その短文を紹介させていただきます。
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「乳離れの日」
家には私一人。
そこに母が店から帰って来た。
具合が悪いと言って寝室で寝てしまう。
数日前、父と弟から、
「お母さんの体調が良くない。胃が悪いらしく、食事もあまり摂らない」と聞いていた。
夏の昼下がり、心が急に寒くなる。
私は長男だが、当時にすればかなりの高齢出産の子であり、今年、母は喜寿を迎えた。
毎日、父の店で身奇麗にして働いているので、実年齢よりもはるかに若く見える母である。
若い頃に「お姫様」とあだ名された性格は、きっちりと私が受け継いでいる。
夕方になると、母が仕事部屋にやって来た。
珍しいことなので何事かと思うが、気弱な声で、「お兄ちゃん、済まないけど、晩御飯、外に食べに行って頂戴」 と言う。
私は「済まないけど」などと言われるのが悲しくて、
「もともと今週は一人のはずだったのだからかまわない。済まないなんてことはないんだ」
と、素っ気無い口調で答える。
そして数十分後、母が再びやって来た。
「本当に済まないけど‥‥」
その言葉を聞き、余程具合が悪いのだと心配になる。
「ご飯を作れないから‥‥外に食べに出るなら、一緒に連れて行ってちょうだい‥‥」
すぐに着替えて近所の中華飯店へと向かう。
精神的な疲れもあるのだろうから、少しは気持ちが和らぐかと、薄目の杏露酒のオレンジジュース割りを注文してあげる。
母は 「美味しい!」 と、ようやく明るい顔になる。
カクテルをゴクゴクと飲む母に、私は 「それは酒が入っているんだ」 と注意をする。
食べやすい物をと思って選んだ料理を、母は 「美味しい。来て良かった」 と口に運ぶ。 ようやく私も安心し、紹興酒のお代わりをする。
祭りの話、近所の人の話、母方の親戚の話……。
その内、ラストオーダーとなり、私が会計をして店を出る。
母は 「お兄ちゃん、済まないね。ごちそうさま」 と言う。
今までは、どんな時でも、40歳を過ぎた息子であっても、会計は母が済ませてくれた。
それが初めて、何も言わずに 「ごちそうさま」 とだけ……。
今日、何度目かの 「済まないね」 を言われて、これまであなたがしてくれた事は、この数千倍、数万倍なんだよと思ったら、道を歩きながら涙が止まらなくなった。
今、この日記を書きながら、また大泣きしている、ようやく乳離れできたかもしれないダメな男がここに一人‥‥。
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母も空の上から聴いてくれたことでしょう。
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